「Column 深江 園子」カテゴリーアーカイブ

22.酸いか甘いか、アーモンド

酸いか甘いか…ではなく、ほんとうは「苦いか甘いか」というアーモンドのお話です。

消費量世界一のナッツであるアーモンドは、スイート、ビターの2種に大別されます。

普段ナッツとして食べたり、アーモンド粉(プードル)としてお菓子に焼き込むのはスイートアーモンド。天然香料の原料はビターアーモンドです。よく混同される杏仁は、字の通りアンズの仁(じん)。アーモンドをゼラチンで固めたのがブランマンジェなら、杏仁を寒天で固めたのが伝統的な杏仁豆腐。ゼラチンや生クリームを使った「とろける系」杏仁豆腐は、ブランマンジェの製法を取り入れたものなんですね。

さて、スイートア?ンドの中でも癖のないカリフォルニア産、香りの強いスペイン産などと使い分けるのが最近の洋菓子屋さん。中でも、お菓子にして香りが際だつスペイン産マルコナ種がフランス菓子の世界で定番となっています。日本人には少々香りが強すぎると、カリフォルニア種とブレンドするパティシエもいますが好みはさまざま。ともあれヨーロッパ菓子にとって、アーモンドは小麦粉に次いで欠かせない素材です。

そんなアーモンド粉を使ったお菓子には、共通の「おいしさのコツ」が。

それは、焼き立てより数日後に食べることなんです。お菓子を焼く人ならきっとご存じでしょう、焼き立てのクレームダマンドの味は、どこか深みが足りません。ほんの半日、一日の違いでバラバラだった味がひとつに溶け合い、食感もしっとりと落ち着いて旨味が増すことを…。アンジュの開店当初からの定番、「アーモンドのタルト」は、癖のない新鮮なアーモンド粉をタルトに焼き込み、スライスアーモンドを花びら模様にちりばめたお菓子です。パッと目を引く華やかさはないけれど、静かに広がる味わいは、アーモンドの存在なくしてはできない味わい。アーモンドの焼き菓子とコーヒーや紅茶の組み合わせは、物想う秋に似合いのテーブルの風景です。

21.イチジクの昔語り

 

アダムとイブが禁断の実を食べたあと、イチジクの葉をつづり合わせて体を隠した…と聖書にあるように、イチジクは大昔から親しまれたフルーツ。古代ギリシアやローマでも、神がくれた万病に効く不老の果実として大切にされました。クレオパトラを噛んだ毒蛇も、イチジクの籠にしのばせて宮殿に持ち込まれたといいます。

暖地によく育つため、地中海沿岸やカリフォルニアが一大産地。海外では干しイチジク(ドライフィグ)に適した品種も多いのですが、日本では大正期以降に普及した生食品種がほとんどです。愛知や関西など、産地を通ると箱買いしていた私は庭先に植えてみたいのですが、北海道ではほとんど作られていないところをみると難しそうですね。市場では6月が出盛りに見えますが、8月以降に出回るのが露地物。割れて中がのぞくほど熟した時の香りは格別です。

 

ところで、紀元前のギリシアにはイチジクの葉で包んだお菓子があったと古代史の本で読みました。乳に甘味をつけ、ブドウをいれたものを葉に包んで蒸す…ということは、プラムプディングかチーズケーキのような味だったのでしょうか。今のギリシアからトルコあたりで生まれた、まさにイチジクの原産地のお菓子だったのでしょう。アンジュでお菓子に使うのは、極上の白いセミドライフィグ。フィグにシャンパンを含ませた前菜もとびきり美味しいけれど、こちらは貸切や予約のディナーでご注文を…。


20.春を砂糖にとじこめて

4月に入ったというのに、早まったチューリップの芽が名残り雪に凍えていました。明るい空に今日こそは、とコートなしで出掛けては雪どけの風に慌てる私も同じようなもの。解っているのに待ちきれない自分が、時々可笑しくなってしまいます。

せめて食卓では早い春を楽しみたい…と思ったかどうかはわかりませんが、

スミレやミモザといった花は、砂糖漬けになってお菓子によく用いられます。ヨーロッパのスミレは日本で見る野草のスミレより花が大ぶりです(パンジーのような三色スミレではありませんよ!)。湯通ししてお酒に浸しては砂糖をかけて乾かした「スミレのコンフィ(砂糖漬け)」はプロヴァンスなど南仏の名産。コートダジュールの村、トゥレット・シュー・ルーでスミレ祭りが開かれるのは3月の1〜2週目だそうです。

バラやハーブ類の花びらも砂糖漬けになりますが、春を告げるスミレやミモザへの思いはヨーロッパでも格別らしく、詩にうたわれることも多いですね。花に託して春を待つということ、北国にいるとわかる気がします。

アンジュのガトー・ドランジュに使われるミモザ、マドモアゼル・ヴィオラに使われるスミレも、そんな春待つお菓子です。

札幌がこんな景色になってくれるのは来週、いえもしかしたら明日…?

 

すみれさくひばりの床に宿かりて

野をなつかしみくらす春かな   定家

19.チョコレートの長い旅

品種別ストレート、産地限定、オーガニック…これすべてコーヒーや紅茶ではなく、チョコレートのお話。ヨーロッパでも日本でも、チョコレート専門店(ショコラティエ)のほとんどは、材料のチョコレートをメーカーから仕入れています。そのチョコレートメーカーは現地に工場を持つこともあれば、原料会社からカカオマスやカカオバターを仕入れる場合もあります。ケーキに卵やフルーツを使うのとは対照的な、複雑な流通の世界ですね。老舗でもカカオ豆からお店で加工するところは減り、私も大好きな「メゾン・デュ・ショコラ」のようにメーカーに専用のクーベルチュール(材料用チョコレート)をオーダーするお店もあります。

クーベルチュールは品種や産地による個性を生かしてブレンドするのが一般的ですが、例えばベネズエラやマダガスカルの小さな農園と○○商社が契約、なんてニュースが流れると、翌年どこかのチョコレートメーカーで「一農園の稀少カカオを使った新製品発表!」となり、それが有名ショコラティエで使われるというわけ。カカオの個性が注目されると同時に、カカオ分70%前後の“ハイカカオ”が流行していることもうかがえますね。

 

そんな風に世界中から選り抜いた香りと味に触発されて、職人さんたちはさまざまな素材を組み合わせます。ここ数年はスパイスを使ったものが増え、山椒やトウガラシのショコラまでありますね。17?8年前、香港の星付きホテルのお土産で頂いたコショウ風味のボンボンショコラはとろけるガナッシュにスッとした香りが残り、後口でそれが辛みだと気付く、そんな蠱惑的な味で今も記憶に残ります。

2006年バレンタインのために、アンジュでは濃厚なガトーショコラの新作、「プワブル・エ・ショコラ」を出しています。白コショウの香りは、食べた人だけにふわりと感じられる上品さ。コロンをたっぷり使う若い女性でなく、香水をほんの少し使う大人の女性のような…シンプルな大人のお菓子です。

 

 


18.みかんとオレンジ

今が旬の温州みかん、そして3月からが旬のオレンジ。同じミカン科の仲間なのに、お菓子にはやっぱりオレンジが似合いです。オレンジはインドから地中海へ伝わった西洋種、温州みかんは海外でも「サツマオレンジ」の名で栽培される日本種。みかんが洋菓子に今ひとつなじみがないのは当然かも知れません。もうひとつは、オレンジの透き通るような香気とほろ苦さがお菓子に合うからでしょうか。

洋菓子に使われるグランマニエは、そのままでもおいしい贅沢なリキュール。あの高貴な香りは、ビターオレンジという品種の皮を干してコニャックに漬け込み、さらに蒸留して寝かせたものです。ロックにすると白濁してパールのような美しさ!(強いので気をつけて)。

そういえば、お城でオレンジを作らせる建物、温室造り=orangerieが流行したのは大航海時代。インドから持ち帰られた芳しい実のなる鉢植えを飾ったガラス張りの館では、さぞエキゾチックなパーティーが開かれたことでしょう。チュイルリー宮殿のオランジュリー美術館がそうだったように、今もイギリスやフランスのお城にはオランジュリーが残っています。

オレンジの皮の香りは、リラックス効果があると言われています。エッセンシャルオイルのオレンジスイートやグレープフルーツは果皮から、ネロリは花弁の成分を用いています。オレンジピールの固い歯触りが気になる、という人には、例えばアンジュの手作りピールのチョコレートはいかが? チョコレートの口どけにマッチするほどよい食感で、癒しの香りがお口に広がりますよ。もちろん我らが国産みかんのほうは生で食べて、お肌にビタミンC補給をお忘れなく。

17.11月の果実・紅玉

子どもの頃、寒くなると毎年リンゴが何箱も届きました。母は納戸にそれを置くので、ドアを開けるたびにリンゴのいい匂いがします。お食後のリンゴを取りに行くときも、寒い納戸の中で爪先立ちながらリンゴ箱のおがくずで遊んで長居した覚えがあります。今では一年中売られるリンゴですが、春夏に売っているのは、秋のリンゴの呼吸を抑えてゆっくり追熟させたもの。まるで冬眠のような原理です。

今年、私は札幌・中央区のリンゴを食べています。家から車で10分、宮の森のすてきな住宅街のすぐそばの林檎園。減農薬・有機肥料のエコファーマーの斉藤さんのリンゴは10月末から紅玉が旬。多くの農園で接ぎ木の台にされてしまった紅玉が、抱えきれないほどの大木になって実を付けていました。背伸びすると、リンゴの枝のむこうに札幌の街が見えます。昔この一帯はリンゴの産地だったのだそうです。

アンジュでは、リンゴと言えば紅玉。芯に生クリームやお砂糖などを詰めて焼いたリンゴがずっしり入ったアップルパイが私の一番のお気に入りです。ドイツ風のリンゴのケーキ、アプフェルクーヘンやオレンジとリンゴのタルト、ポム・エ・オランジュも、甘酸っぱくて水分少なめの紅玉あってこそのお菓子。保存には適さないようで、今も昔も11月だけの果物です。春が来たら、あの御歳70歳の木の下でお花見がしたい…酔狂だと木は笑うでしょうか。

16.栗の秋

知人がコルシカ島、フランスとイタリアの間に浮かぶ島に旅したときの話です。

栗と豚肉(豚が栗を食べるのね…)が名物だと聞いて豊かな山里をイメージしていたのですが、その人に言わせれば「小麦が採れなかったから栗を食べてきた」のだそう。

主食が麦ではない島。ということは、そのまま食べるだけでなく粉に挽き、保存もし、とさまざまな料理法があります。栗粉を練って練って練り上げて少ないグルテンを出して焼いた物、栗粉のクッキー、栗粉のクレープに特産の山羊チーズを包んだもの。こんなふうに書き連ねるだけで、何とはなく山がちで雨の少ない島のようすが思われます。

色々な栗のお菓子の名前にも、やっぱり風土の背景があることに気づきます。「シャテーニュ」はヨーロッパ品種の栗の呼び名。「カスターニャ」はスペインの栗、「ドートンヌ」はフランスの特産地。最近はあまり見かけないけれど、栗のケークといえば「アルデッショア」。これも由来はフランスの産地です。マロンペーストを生地に混ぜ込んだしっとりパウンドタイプの焼き菓子で、砕いた栗のシロップ煮入りが定番。我が家ではこわれたマロングラッセの徳用袋を見かけると、それを焼き込んでささやかな贅沢を味わっています。

アンジュの栗のお菓子は、秋限定。新商品の栗のペーストを使ったクレープの洋酒と相まった風味や、モンブランのもっちりと懐かしい旨みに心和む…いつでも何でも手に入るご時勢に、秋だけの愉しみというところがまた良い、のではないでしょうか。

15.収穫祭がやってきました

札幌の秋の収穫祭、「リンケージアップ」に行ってきました。

大通公園の5丁目から8丁目までを使って、北海道じゅうの秋の産物を生産者さんが持ち寄る「市」です。街の真ん中で芝生やベンチにくつろぎながら美味しいものをいただける、ちょっとすてきな催しです。

買ってきたきゅうりを切ると、水が粒になってしたたりました。旬の銀聖サケも、豪快なウニの殻焼きもカニ汁も、大行列です。作ってくれた人と顔を合わせて買えるのは、まさに秋の醍醐味、北の幸福。今年は買い出しの市民だけでなく、観光の方も多かったようです。

お菓子屋さん達と食材の座談会をした時、「札幌にマルシェが欲しい」という話題になりました。ラズベリーやブルーベリーなどの小果樹は農家さんが畑の一角で少量ずつ作ることが多い上、日持ちがせず流通が難しい。作り手と使い手がつながるように、そして食べる人には、畑の風景が浮かぶようなお菓子が届くように。フランスのマルシェやアメリカのファーマーズマーケットのようなものができたら、どんなに素敵でしょう。そんな札幌らしい夢を思い描いているところです。

この季節のアンジュには、洋梨や巨峰のお菓子が旬を迎えます。

アンジュが専ら仕入れる相川商店さんは、札幌でもおいしいレストラン、ホテルなどに一流のフルーツを卸す青果問屋さんです。長年の信頼で結ばれ、目利きのプロから大切に届けられる極上品、そして時には果樹園へ赴いて買い求める完熟の果実。果物がお菓子に生まれ変わる香りは、何ともいえない贅沢さです。ヨーロッパのある美食家が客人に「宅では、食べるためより香りのためにジャムを作らせるのです」と自慢した気持ちが、ちょっとわかる気がしますね

14.真夏の「甘い生活」のお話

厳しかった冬のせいで、北海道の夏を告げるベリー類の出足は例年よりゆっくりです。ラズベリーやグロゼイユ(北海道では英名「カランツ」が転じたのかカリンズと呼びます)に続くブルーベリーは、仁木町産が7月20日ころから、道南でもやはり10日遅れとのこと。それでも夏がちゃんと来てくれた、と思えば暑さも嬉しいけれど。

日本には、「氷室(ひむろ)」という夏の銘菓があります。透明な葛に透ける小さな赤い三角が、地図のお山の印のよう。いにしえの貴族が山に作らせた氷室の氷に、あまづらの汁をかけて食したのがいわれだそう。

そういえば洋菓子のグラス(氷菓)にも、そっくりのエピソードがありました。ローマ皇帝・シーザーが奴隷に雪を運ばせ、乳や蜜をかけて食したとか。後の皇帝ネロは、アルプの万年雪をローズウォーターや果物のジュースなどに浮かべて飲み、それがローマの巷でブームを起こしたそうです。人呼んで、ドルチェ・ヴィータ。こんな優雅な夏の「甘い生活」が2000年前にあったなんて…私たちもあやかりたいものです。

アンジュのソルベ(シャーベット)は、特別な時に作る隠れメニューのひとつ。手絞りオレンジのソルベの香り、シャンパンソルベのほんのり桜色。どうしても、という方は、お食事やパーティの時にご相談を・・・。

13.パイにもモードがある?

パイ生地には折りパイと、タルトの台になる練りパイが昔からのお約束。とはいえ、古い資料と今どきの資料では、求める食感や作り方にずいぶん違いがあるようです。例えばパートフィユテ(フィユタージュ)。昔の日本の洋菓子ではリーフパイやアップルパイのようにほどほどに浮かせた焼き方がほとんどでしたが、今は鉄板で重しをかけながら焼いて目の詰まった層にしたり、二番生地をタルト生地として使ってシュクレやサブレとも違ったサクッと軽い食感を出したりとさまざま。製法も、練り粉にバターを包んで伸ばしては折っていくフィユタージュ・クラシックや粉に冷えたバターを粗く刻み込んで折っていくフィユタージュ・ラピッドなどのほか、小麦粉を加えたバターで練り粉を包むアンヴェルセ(反対の意ですね)も折り方が効率的でよく使われるようになりました。

 さてその折りパイ、アンジュでは手で折っているんですよ。ここで手作り派は「?」と思われるかも知れませんが、ほとんどのお店ではパイシーター(電動ローラーに生地をはさんで伸ばす機械)を使って生地を均等に伸ばし、効率を上げているんです。逆に手折りの場合は仕事のていねいさが問われますし、焼き上がったときの食感も、ハラハラと崩れるような薄さではなく、パリパリッとしっかり噛みしめて味わえる、まさにハンドメイドの味。「いちじくのパイ」のような焼き込みパイでは、特にその美味しさが引き立っています。